イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


 マヤの言葉に、ヴァージニアの沸点は一気に上がる。
「か、か、彼ってジェットは彼氏なんかじゃなくてチームメイトで…!!」
「その彼じゃないわよ。男性に対する総称よ。」
「あっそ、そ、そうよね。」
 見え見え。またはあからさま。
 気になってしかたがない相手ではあるのだろうが、そこまでの気持ちには発展してはいないらしい。
 なんて面白い展開。マヤはニヤリと笑う。お節介をしてみたいじゃない?
 それを友情と呼ぶのか、よけいなお世話と言うのかはわからないけれど。
「さっきの話だけど、いいわよ。」
「ああ、ありがと。」
 赤っ恥をかいた甲斐があったと、ヴァージニアが額の汗を拭った時、マヤはこう言った。
「でも、もちろん契約なんだから、ウチの条件も言わせてもらうわ。」
「替わってもらった間の報酬はもちろんマヤに渡すつもりだけど、それだけじゃ駄目?」
「駄目。甘いわよ。あんた。」
 うーっと唸って、またもや上目使いでみてくる。お伺いのポーズ。
「誰かさんには効くかもしれないけど、私には駄目。条件をつけさせてもらうわ。」
胸を強調するように前で手を組みマヤは綺麗な顔で笑う。
「だっ誰かさんって、誰もいないもん。」
どうせ、宝石を探してきてよ…なんて代償でしょうとヴァージニアが言う前に、マヤはこう切り出した。
「あんたのチームのジェットくんウチに貸して欲しいんだけど?。」
 一瞬の間。
ヴァージニアの瞳が見開かれるのとほぼ同時に荒野に叫び声が響いた。
「えええええええ〜〜〜〜〜!!!????」
マヤは両手で耳に栓をした。涼しい顔で話を続ける。
「彼、トレジャーハンターなんでしょ?今度潜る遺跡がちょっとやっかいなのよ。勿論協力してくれるわよね。」



『ジェットは、モノじゃないんだから…。』
 ヴァージニアは胸の中でそう呟いた。
 銃の入ったっまのホルダーをテーブルの上において、ドンと椅子に座る。
『大事なチームメイトなんだから…。』
 それでも、マヤに押されて頷いてしまった自分が情けなかった。
 彼女の気持ちと同じように、どんどん俯いていく姿を見ながら、ジェットは頭を傾げた。
 いつも元気印が取り柄のお騒がせ娘から元気が消えてなくなっている。早急にハンフリースピーク行きを決めた辺りまではいつもの彼女らしかった。ついでに言うと、その場にいなかった自分の意見を聞かないままに、シュティンガー一家に留守番を頼みにいったのも、彼女らしいと言えるだろう。
 なのに、帰って来てみれば、この意気消沈ぶり…。
 どうせ、何を言っても聞きはしないと思い、荷物をまとめて待っていた自分に御免と言ったっきり、ずっと座り込んでいる。
奇妙だ。これほど変な事はない。

 これが、クライブやギャロウズならば、何かあったんだろうと察して、話を聞こうとしたり、彼女の気を紛らわしてみせるなり試みたのだろうが、(ちなみに彼等はそれぞれの目的でお土産を買いにいっていた。)生憎とジェットにはそんな芸当は出来ない。
 変だが、しばらく放っておけば、元に戻るんじゃないかと思い。係わらないようにしていた。
 扱いとしては、腹痛と同じである。

 しかし、彼女は腹痛と違って治る様子を見せない。ジェットは、ヴァージニアと別のテーブルに腰掛けていたのだが、立ち上がり彼女の斜め前の椅子を引き座る。
 長い前髪が、彼女の瞳を隠していたが何かブツブツ呟いているのが聞こえた。何度か、聞き逃してから、やっと言葉を聞き取った。

「…じゃないもん。」
 ジェットは、紫色の瞳を丸くして彼女の顔を凝視した。まだ、少年という域を越えていない彼は、そういう表情をすると小さな子供のように幼い顔立ちに見える。

 そして、彼女が呟いた『じゃない』の前に自分の名前が聞き取れたことにジェットは混乱していた。
 彼女の顔を曇らせているのはどうやら自分らしい。

『何かしただろうか?』

 そう考えてみても思い当たる事柄は無く、はっきり言って途方にくれる。

 チームを組むようになって初めて気付いたことなのだが、自分が他人の感情にひどく疎いという事実は知っていた。
 彼自身がそれほど感情豊かな性質でないこともあるのだろうが、自分が気にも止めない些細な出来事で人が心を揺らすのだという現実は、最初のうち酷く彼を驚かせた。

 目の前の少女は特にその傾向が強い。
 小さな出来事で怒り、そして涙し笑顔を見せた。
 しかし、くるくると変わる表情を鬱陶しいと感じていたのは最初の事。今では違う感情で彼女を見つめている。
 ふうと溜息をついて、ジェットは再度考えを戻す。
『何かしただろうか?』

 もう一度考え直してみると、この間一緒に遺跡に潜った時に妙な様子だったこと…を思い出した。
何かの話題を口にした後、変にはしゃぎ廻るは、崖から落ちそうになるは、弾を込め忘れてモンスターと対峙するわで、今日一人で潜ることを自分に決意させたのだ。では、それは…。

『何の話題だったのか?』

 俯いているヴァージニアの横で、ジェットは腕を組みながら空を仰ぎ考え込んだ。」
 そうやって、何とか記憶を絞り出してみると、一つの言葉が思い浮かんだ。

『もう、一年になるんだな。』

 自分にとって思い出というものは、つい一年前までは価値を持ったものではなかった。煩わしいと口で言っていたのは、半分は強がりだったことは認めるが、残り半分は日々の稼ぎ…つまり生きていく事に精一杯だったからだ。


 食うために生きている。そんな状態だったのだろう。
 生きる為に食う事を覚える事が出来たのは、やはりチームを組んでからだ。
 だから、めずらしくも覚えていたのだ。
 いつも思い出を聞きたがる奴に、そう言ってやったら驚きの顔をしていたから、少しだけしてやったり…の気分にもなれた。

 それが何かヴァージニアの気に障ったのだろうか?
 ジェットは薄汚れた天井を見るのを止めて、銀髪をかきあげながら溜息をつく。
「さて、困ったな…。」
 つい言ってしまった独り言は意外と大きかったのか、ヴァージニアが顔を上げた。
「ジェット…やっぱり困る?」
 眉がへの字になっている。口もへの字になっている。大きな茶の 瞳はわずかに潤んで、ジッとジェットを見つめた。
「困るよね。そうだよね。」
「は?」
 話の展開に全くついていけないジェットは、ただ間の抜けた返事を返すしかない。
ガッタン!!
 大きな音を立ててヴァージニアは立ち上がると、戸口に向かって歩き出した。手には握りこぶし。鼻息は荒い。マズイ!?
ジェットの本能がそう告げた。彼は慌てて、ヴァージニアの右手を掴んだ。
「ま、待てっ!!」
「じゃあ、ジェットはいいの!?」
 振り返ったヴァージニアの瞳には、はっきりとわかる涙が浮かんでいた。
「お前が何が言いたいのか俺にはさっぱりだ!」


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